陰陽記2

2020年09月

③「率先避難者たれ」

実のところ、三原則で最も心に残ったのはこれであった。
恐らく私が人生においてかなり苦手とすることだからだろう。

私は桜の散る様を潔いと愛でる類の人間である。
勝負は正攻法を好み、人を陥れるなどもってのほか、
卑怯な手を使って勝つくらいなら負ける方がましだ。
よって逃げることも好まず打ちのめされても耐えることを選んできたように思う。

そのために不要なダメージをくらったり
心身を削って満身創痍で日々を過ごすこともある。

もちろん相手が威風堂々としたものならば
圧倒的な力の前に敬意を払って最初から負けを認めることができる。
だが明らかに間違っているのに勝ちを気取られると
こちらも戦わざるをえないと腹をくくってしまう。

しかしながら「逃げるが勝ち」ということばがあるように
人生には逃げることを選択することが結果的によかったと思えることがあるようだ。

まあ何もかもがほどよいバランスで、逃げることしかしないのはこれまた疑問だが
私は自身の信念を曲げたくないために
振り返ってみれば「火中の栗を拾う」ことの多かったこと、
後悔はしていないが愚かだといえばそうかもしれない。

誰かと比較してより早く逃げる者というのではなく
これからは自分の中に「率先避難者」を在住させておこうと思う。

天災に戦いを挑むことが無意味であることはわかっていた。
だが「命を守る」ということだけに焦点を当てれば
天災に限らず何事も戦わずに逃げる(その場から立ち去る)ことのみが正解なのだと
あの防災の日に再認識したしだいである。

耐える価値もない落とし穴ばかりの道ならば
さっさと立ち去り他の道を歩く方が格段に賢明で意味がある。


最近自殺の報道が多い。「率先避難者たれ」




①「想定にとらわれるな」

危機対応はいろいろなケースを想定して準備しておくことが大切である。
が、同時に、想定していたことがいつも正しいとは限らない。
何かが起こったとき、自分の経験則だけで判断するのではなく
「今、そのとき」の直感や判断を信じて行動することが必要な時がある。
世の中の事象は無限の可能性があるのだから
誰もが思ってもみない出来事に必ずどこかで遭遇するだろう。
その瞬間答えを出すには、今まで培ってきた自分を信じるしかない。
揺らぎなき自己肯定感が試されることになる。
そのときその場で何が必要なのか現場にいない他の誰にも委ねることはできない。
自分自身で決めるのだから、その結果に自分自身で責任をとる潔さも必要だ。
人生にはそんなとんでもない選択を迫られることが必ずあるものだ。
想定しておくけれども想定にとらわれない、そこのところが人生難しということか。



②「その状況下において最善を尽くせ」

(「陰陽記」平成22年12月記事より)
遅ればせながら映画「カイジ」が最近のマイブームで、
漫画で連載されているというのでレンタルで42冊を一気に読み終えた。
言っておくが情感ある文芸書でもないし、教育的道徳本のようなものでは全くない。
ただ、主人公にある不屈の精神に共感したのである。
要は勝負に臨むとき、自分の置かれた状況がどんなに不利な状況にあったとしても
最後まであきらめずに手持ちのものでなんとか切り抜けることを考える力である。
わかってはいるが人間はもうだめだと思って気持ちがなえてしまうと、道は終わってしまう。
だから最後の最後まで戦い抜くのである、道はまだあるはずだと。
私は高校時代から多くの病気にさいなまされてきた。
何度も自分の体を嫌悪し、健康なものをねたましくさえ思った。
だが、何年もかけて到達したのは、
自分に残された健康な部分でできるところまではやるという精神だ。
そういう意味でこの独特なタッチの「カイジ」はかなり私の激励歌となった。
何事もこの意気だ。受験もクラブもこれからの人生もぎりぎりまで諦めるな!



③「率先避難者たれ」 については後日に・・・

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