陰陽記2

2021年05月

蝶の夢、と書いたとき
見た夢なのか、蝶見た夢なのか、どちらを思い浮かべただろうか。

中国の思想家である荘子の「胡蝶の夢」はまさしくそのことを考えさせるものだ。
彼は蝶になって美しい花畑を舞っている夢を見るのだが
自分自身が蝶になった夢を見ているのか
それとも本当は蝶が見ている夢が自分の人生なのかと考えるのである。

物事は疑いだしたらきりがない。
だが何事もうのみにしすぎても思想の進歩はない。
もし今の人生が誰かの長い夢ならば、この私はどこにも実存しない存在なのだろうか。
あまりにも壮大な夢の主人公なのか、それとも転寝(うたたね)程度のものなのか。

一見するとどちらが本物かわからない、と言えば、
自分そっくりのアンドロイドを作っているのは大阪大学教授の石黒浩氏である。
彼はその究極の目的は「人間とは何か」を追求することだと述べている。
つまり自分と同じものができれば人間とは何かということを説明できるからだと。

彼はアンドロイドの研究が深くなればなるほど
ゴールは遠くなっていくのだと言う。
つまり「人間は何か」を追究すると、人がいかに複雑で奥深いかを痛感する。
古来より人間存在を考える哲学の夢はずっと覚めないでいる。

若者たちにはもっと「哲学の夢」を見てほしいと思う。









あの粉がいやで蝶は嫌いだという人もいるが、今日は別の話。

バタフライエフェクトという言葉を最近知って、
色々調べているうちに同名の映画にもたどり着いた。
要は「蝶のかすかな羽ばたきが地球の裏側では台風を起こす」
といったカオス理論に基づいているのだが
この映画は簡単に言えば、愛する女性のために過去に戻って修正を施すのだが・・・
といった、いつの時代でもある話ではある。

毎年私の入学式式辞の中で
今は奇跡の時間なのだという話にも触れる。
つまりそこにいる人全員の過去にあったすべてのことがなければ
一つでも欠けていたら一人ひとりは違う自分になっていたし
そうであれば同じ集団は絶対にできあがらないというものだ。
当たり前のようだが、入学式はその感慨が大きい。

生徒が生まれた時の感動や喜びもそうだが
13年間の中ではそれぞれ悩みや悲しみもあっただろう。
また、保護者や教職員のこれまでの人生も同じである。
一人ひとりの人生の重みが一堂に会して
祝福のセレモニーが行われているのである。
思わずみんなありがとうと叫びたくなる。

「バタフライエフェクト」は自分が変わるだけではなく他を大きく変えることの
意味合いを強く打ちだして作られている。
個人の何気ないささいな日常がどこかで大事件を引き起こしているかもしれない。
私たち一人ひとりの人生がどれほど大事なのか再認識する。
映画のレビューではないがエンディングについてはネタバレにならないよう封印。
ブログの「蝶のはばたき」は、次回の「蝶の夢」に続く。

これもまた「バタフライエフェクト」か。






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