自分が病気を患っていることや既往症があることを秘密にする人もいるが
私は特に自分が「病人」であることを隠してはこなかった。
というのも、私は病気によって留年し高校に4年間在籍していたので
その後の履歴書にも如実に表れているからかもしれない。
私は以来ずっとあちこち病気に見舞われて今に至る。
一見すると何事もないように見える私の体は
「もうお前は死んでいる」状態の箇所を随所に抱えながら成り立っている。

16歳の時からなので、当然心には紆余曲折の葛藤があった。
今ではファイバーで容易い手術も当時は大掛かりな手術だった。
高校生で体に大きな傷が残ることを嫌がった私に
ある看護師が「自分の命を守るためについた傷は誇りである」と話してくれた。
一年間の留年が決まった時、誰も気持なんかわかるはずがないと拗ねる私に
主治医が「私はわかります」と自分も病気で留年し
その後に同じような人々の助けになりたいと医者を志したことを淡々と語ってくれた。

友人たちが卒業したあとの高校生活は私にとって楽しいものではなかったし
いい思い出は全くといっていいほどない。
それでも何とか辞めずに卒業した日には自分自身を褒めてみた。
しかしながらその後も病気とは片時も離れることはできず
私は数々の病気とともに生きていくことになる。
私の病はすぐに死に直結するようなものではない。
それゆえに一層はた目にはわかりにくく状況は複雑だ。

「病は気から」ということばがあるが、とんでもない。
気持ちで治せるなら、気の強い私にこれだけの病気は居座らないだろう。
いくつもの病気を経験した私の見解として
病気に楽なものはない!というのが結論である。
私は無差別に傷んでいく自分の体を
なかなか受け入れることができずに人生を過ごすことになる。
自分を丸ごと受け入れるとはどれほど難しいことか。

人は弱いところがあるから人の痛みがわかるというが
そんなことはどうでもいいから健康な体をよこせと思い
若かりし頃には親にもひどいことばを投げつけたことも。
さすがに年を重ねていくにつれて観念はしたが
激しい痛みがあれば弱音のひとつも吐きたくはなる。
それでも多くの人々に支えられて
私はこれからも「病人」というアイデンティティを持ち続けていく。


  
  昨年度後半は病のためにご心配をおかけいたしました。
  あらためてここにお詫び申し上げるとともに
  今年度一層学校運営に邁進していく所存です。
  ご理解とご協力をよろしくお願い申しあげます。