蝶の夢、と書いたとき
見た夢なのか、蝶見た夢なのか、どちらを思い浮かべただろうか。

中国の思想家である荘子の「胡蝶の夢」はまさしくそのことを考えさせるものだ。
彼は蝶になって美しい花畑を舞っている夢を見るのだが
自分自身が蝶になった夢を見ているのか
それとも本当は蝶が見ている夢が自分の人生なのかと考えるのである。

物事は疑いだしたらきりがない。
だが何事もうのみにしすぎても思想の進歩はない。
もし今の人生が誰かの長い夢ならば、この私はどこにも実存しない存在なのだろうか。
あまりにも壮大な夢の主人公なのか、それとも転寝(うたたね)程度のものなのか。

一見するとどちらが本物かわからない、と言えば、
自分そっくりのアンドロイドを作っているのは大阪大学教授の石黒浩氏である。
彼はその究極の目的は「人間とは何か」を追求することだと述べている。
つまり自分と同じものができれば人間とは何かということを説明できるからだと。

彼はアンドロイドの研究が深くなればなるほど
ゴールは遠くなっていくのだと言う。
つまり「人間は何か」を追究すると、人がいかに複雑で奥深いかを痛感する。
古来より人間存在を考える哲学の夢はずっと覚めないでいる。

若者たちにはもっと「哲学の夢」を見てほしいと思う。